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【浜松連続殺人事件】戦時下に起きた未成年による殺人事件の結末は?

2018年11月20日

こんにちは^^タクヤンです。

今回お話しするのは

浜松連続殺人事件

です。

1940年代に起きた殺人事件として認知度は低いですがかなり悲惨な事件です。

 

 

浜松連続殺人事件の概要

【浜松連続殺人事件】

一番左の刑事がこの殺人事件を解決した紅林麻雄

浜松連続殺人事件 – Wikipedia

この事件が起きたのは日中戦争及び第二次世界大戦下の日本で起きた連続殺人事件です。

しかしながら当時は戦時体制下でもあったので犯罪報道が制限されていたのでそこまで知られていない。

犠牲者は全部で9人以上と言われている事件でもあります。

 

浜松連続殺人事件の犯人は?

犯人は耳が不自由な当時18歳の青年で、兄弟7人の6男。

しかし生まれつき耳が不自由だったので家族からは冷たく扱われたりしていた。

しかし簡単な言葉しか発音が出来なかったが頭は物凄くよく学校では主席の立ち位置でもあった。

だが、彼は頭は物凄く良かったが

  • 生来的な人間的感情や情性に欠ける精神病質性の人格
  • 不完全な教育による抽象的・精神的なものが育たなかった

という経歴を持っており、家族に対する情愛などは欠落してしまっていた。

そういったことや日頃の鬱憤などが積もりに積もって犯行に及んでいったと考えられている。

 

 

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浜松連続殺人事件の流れ

【浜松連続殺人事件】の流れ

事件が始まったのは1941年8月。

彼は短刀で芸妓置屋(げいぎおきや)に侵入して2名を殺傷。

その次の日の深夜に料理屋で3名を刺殺

その翌月には自宅に外部からの犯行と見せかけて「長兄」を殺害。

さらに父親と姉、長兄の妻とその子供の4人に重軽傷を負わせた。

その翌年の8月にも同様の手口で3名を殺害して10月には逮捕された。

犯行目的は自宅以外はただの強盗強姦殺人で自宅の事件は「常日頃からの鬱憤晴らし」と言われている。

 

 

浜松連続殺人事件の後の結末は?

【浜松連続殺人事件】の結末

当時は戦時ということもあってか戦時下で行われた犯罪に対する厳罰を下す「戦時刑事特別法」によって審理された。

 

当たり前だが地域住民が極刑を求めた

さらに、地方裁判所は彼は耳の聞こえない「聾唖者(ろうあしゃ)」ではなく耳の聞こえにくい「難聴者」と認定し、「聾唖者」に対する減免が適用されずそのまま死刑判決が下されて死刑判決になった。

彼の父親も逮捕直後に天竜川に投身自殺した。

 

 

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終わりに

この事件の犯人は「長兄」を殺害していますがこの人は犯人を家族の中で一番いたわっていた優しい人でした。

戦時下でもあったことや地域住民の事を考えるとこの判決は正しかったのでしょうか?

管理人には正直分かりません。

自分が裁判を行ってもし死刑を出さなければ住民に夜道で後ろから鉈で殺されているかもしれませんね。

この事件は全員が不幸になってしまった悲しい事件です。

ではまたお会いしましょう。

 

  1. 受験戦争から起きた「神奈川金属バット両親殺害事件」という悲惨な事件の詳細とその結末
  2. 「少年ライフル魔事件」という日本で起きた銃撃事件の詳細と結末は?

 

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Posted by taurs-0505