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【神奈川金属バット両親殺害事件】受験戦争から起きた悲惨な事件の詳細とその結末

2019年4月2日

こんにちは。タクヤンです。

今回お話しするのは

神奈川金属バット両親殺害事件

です。

受験戦争は日本なら殆どの子が経験する道ですね。

 

神奈川金属バット両親殺害事件の概要

神奈川金属バット両親殺害事件

神奈川金属バット両親殺害事件」は1980年11月29日に神奈川県川崎市で20歳の予備校生が両親を金属バットで撲殺するという事件。

事件の背景には受験戦争や親がエリート志向であったことからおきた事件でもあったのでドラマの題材になったほどの事件。

 

 

容疑者の背景と家族関係

東京大学 神奈川金属バット両親殺害事件

容疑者の名前は「一柳展也」。

父親が「東京大学経済学部」を卒業し、旭硝子東京支店建材担当支店長。

母親は「山口県の名門酒造家の娘」で短期大学卒業。

兄も早稲田大学理工学部を卒業して上場企業に就職。

父親の兄弟も「筑波大学」「慶応大学」を卒業しており、祖父も「一橋大学」卒業後三菱銀行に入社して都内の支店長を務めている。

まさに絵に描いたようなエリート一族ともいえる。

 

 

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成績の低下と受験の失敗

神奈川金属バット殺人事件

そんな一族の次男として彼も期待されていたが、中学生の時の成績は真ん中程

高校受験に向けて家庭教師を3人つけて高校受験に挑んだが早稲田高等学院と慶応高校の両方に失敗。

合格した2つの高校の内、東京の私立海城高校に進学。

その高校での成績は「クラス5番以内」、「中の上」、「中の下」と学年が上がることに低下していった。

そして、高校1年生の頃に成績のことで親と喧嘩、1週間家出をしてからは学業に対しても怠けるようになっていった。

だが、その一方で父親や兄のように一流大学に進学したいという願望を持つようになった。

しかしそのようなことで受験は上手く行くはずもなく、彼は受験に失敗し現役合格は果たせなかった。

しかし彼は「一浪ぐらいなら・・・」という軽い気持ちだったので一浪生活すら真剣さを欠くほど。

そして1980年3月には一浪生活も終わりを迎えたが、受験には結局失敗した。

  1. 現役: 早稲田(法・商)、上智、成城、明治、中央
  2. 一浪: 早稲田(法・商)、明治、立教、法政

と大学のレベルは上がっていた。

 

 

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二浪とその他就職という選択肢

彼は2度目の受験の失敗で父親から「大学だけが人生ではないから就職を考えろ」と言われたが、母親の父親に対する説得でなんとか「二浪」することは許された。

だが、彼は孤独感に陥り、劣等感、自信喪失、焦燥感などから大学受験にも耐えられなくなっていった。

そして彼は、事件の夏に母親の実家の山口県に帰郷し、そこで顔見知りの少年が板前になっているという話を聞き、帰りに大阪でうどん屋を見学しているなど職人になる道も考えていた。

だが結局「自分には向いていない」とあきらめている。

 

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親への反抗と事件の発生

そして事件当日の前日に父親が母と展也に対して「キャッシュカードが無くなっている。財布からお金も無くなっているがお前だな!!」と問い詰めていた。

実は展也は精神的にも追い詰められ酒に逃げるようになり、父親のキャッシュカードを無断で使用していた。

そのことで彼は「お金は盗っていない」と主張したが、いつも味方をしてくれていた母親からも責められることになり、彼は自室に引き上がった。

父親がもっと叱っておこうと2階の部屋に入ると、そこではウイスキーをラッパ飲みしていた展也の姿があった。

それを見た父の怒りは爆発し、展也に対して足蹴りをして「お前は泥棒だ!!大学にも行けないくせにお前を養う訳にはいかん。明日にでも出ていけ!!」としかりつけた。

 

しかし、この時展也は本当に追い出されると考えてしまい、不安と怒りが彼の犯行へ駆り出してしまうこととなった。

そして29日の午前3時。

ウイスキーを半分以上開けた彼は金属バットを手に取って寝ていた両親の頭だけを狙い5~6回ほど振り下ろしたという。

血は天井にまで達するほどであったと言われており、悲惨な犯行現場だったという。

 

反抗の動機と犯行後の動向

犯行後、彼は返り血と金属バットを洗い、室内を荒らして強盗殺人に見せるため第一発見者を装った。

しかし、親類の追及によって犯行を自白し、自ら犯行を証言した。

現場検証ではダミー人形に対して無表情で金属バットを振り下ろしたり、留置所の窃盗犯と仲良く談笑したり漫画を読んだりと言い方は悪くなるが心が壊れてしまったように感じられる。

 

犯行の動機はやはり、兄への劣等感と比較されたことによる怒り両親に捨てられるという焦りや悲しみから犯行に走ったと考えられている。

 

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裁判と判決、そして犯人のその後は?

 

裁判では以下のような日記が綴っていることが判明した。

「父母のことを思い出すと、何ともやりきれない思いがする。自分でやったことだからしょうがないと言えばしょうがないが、何とも苦しい。この苦しみからは永遠にのがれることができないのだろうか」

「戦前戦後の苦しい時期に子供時代を過ごし、苦労して子供を育て、マイホームを手に入れ、そしてその子供に殺された。これほど悲惨なことはない。全くおれはどうしようもない」

神奈川金属バット殺人事件

そして、同年2月には「世間を騒がせて、兄や親類には血が繋がっているという苦しみを与えている。死んで詫びれるならそうしたい」と涙声で供述。

そして4月に懲役13年の判決が確定し、彼は控訴することがなかった。

 

1997年に刑期満了で出所している。

そして現在は更生して南アジア地域でNGOのボランティア活動を行っている模様。

 

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Posted by taurs0505