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【自衛隊機乗り逃げ事件】自衛隊員が起こした未解決事件の詳細とは?

2019年4月22日

こんにちは。タクヤンです。

今回お話するのは

自衛隊機乗り逃げ事件

です。

物凄くパワーワード感が感じられますが、実は自衛隊の歴史上本当に摩訶不思議な未解決事件です。

 

 

自衛隊機乗り逃げ事件の概要

 

自衛隊機乗り逃げ事件」とは自衛隊員が引き起こした失踪事件。

事故ではなく事件。

この事件の不思議なところは、行方不明になった自衛隊員と自衛隊機が両方とも発見されることがなく、自衛隊設立史上最も不可解な事件となったことでも有名で、北朝鮮が絡んでいるのでは?ともいわれている。

 

 

自衛隊機乗り逃げ事件の発生と乗務員は?

自衛隊機乗り逃げ事件

事件の始まりは1973年6月23日

栃木県の宇都宮市にある陸上自衛隊北宇都宮駐屯地の火葬炉からLM-1型連絡機が突然離陸したことから始まる。

知っての通り、自衛隊機が勝手に飛び立つことはスクランブル発進か訓練でもない限りまずあり得ない。

夜間の飛行訓練も一応事前に告知はされているので訓練ではないことも判明している。

 

なので管制塔も閉鎖されていたので当然大騒ぎの事態になった。

その後、調査してみると当時航空学校宇都宮分校に所属していた整備員3等陸曹の菅野行男(当時20歳)が飲酒していた上、行方不明になったことが判明し、彼が単独で脱走したと判明、そのまま行方不明になり懲戒免職になった。

 

 

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犯人と共に消えた航空機の詳細

LM-1
アメリカの個人所有機
https://ja.wikipedia.org/wiki/LM-1

LM-1は富士重工業が生産した連絡機で、愛称は「はるかぜ」。

  • Lは「連絡」
  • Mは「ベース」
  • 乗員1名/乗客3~4名
  • 航続距離:1556㎞
  • 全長:7.88m

元はアメリカの開発した「T-34A」という練習機を改良したものを導入する予定だったがとん挫し、防衛庁発足の1954年に富士重工業が多座席連絡機の製造を依頼されて急遽作成したのが試作機LM。

さらにその後、1956年に試作機のLMを自衛隊仕様としたLM-1が作成され、1959年3月までにLMシリーズは全部で27機生産された。

ちなみに、自衛隊では1983年までに退役しており、ほとんどが廃棄されたがいくつかの機体はアメリカで民間機と使用されているとのこと。

なぜアメリカで?と思うかもしれませんが、このLMシリーズの24機が「アメリカ政府から借りた形」で生産されていたので、「退役=アメリカに返す」というのが理由です。

 

 

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自衛隊機乗り逃げ事件の犯人はたった1人だけか?

 

しかし根本的な問題として、犯人は単独犯か?ということである。

この3等陸曹は整備士であり、搭乗経験はあるが操縦訓練は受けておらず、さらには飲酒していたのでまともに飛行が出来るとは考えられない上で、当時は「酔ったうえで、航空機を操縦したいという突発的な行動」と報道された。

だが、小栗氏という元同僚の方が以下のように証言されている。

「何トンもある格納庫の扉の開閉や航空機の出し入れは1人で簡単にできるものではなく、準備しなければ不可能に近い。

事件が起きたのは敷地内に人が少なくなる土曜日でした。

また、事件前に3等陸曹は操縦士になるための試験を同期と3人で受験して1人だけ落ちていました。

その影響もあったと思います」

出典:https://www.tokyo-sports.co.jp/social/incident/110539/

この真偽はさて置いといて、確かに不可解なことも多い。

さらに3等陸曹が道の隅で革ジャンの男2人とひっそりと話していたという証言も出ている。

一気に胡散臭い話になってきましたが、組織的な犯行であれば確かに不可能ではないでしょうし、上の証言にも辻褄が合います。

 

 

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どうして菅野行男は逃げることが出来たのか?

自衛隊機乗り逃げ事件の犯人はどうやって逃げたのか?

さて、組織的な犯行であれ何であれ、どうして彼は補足されることなく消えることが出来たのか?

無線機による呼びかけもありましたが、彼はそれを無視していましたが、使い方を知らなかったのか意図的なのかは彼にしか知りません。

しかし無線機による呼びかけに応えなくても、1970年代ではレーダーはありますし、飛び立った後でもレーダーで捕捉される可能性もあったはず。

 

 

ここでいうレーダーは電波を対象に向けて発射し、跳ね返ってきた反射波を利用して距離や方向を探るシステム。

レーダーに当たることなく飛べれば捕捉はされませんが、そんなことが可能なのか?

実際問題可能といわれています。

現代ではステルス機など機体の性能面で捕捉されないようにする技術もありますが、1970年のプロペラ機にはそんな技術はありません。

 

 

だったらどうするか?

日本のレーダーは基本的に山の上か沿岸部に設置され、レーダー波は真っ直ぐ飛んでいきます。

つまり、レーダーに捕捉されないためには山頂から低い部分を飛べば少なくともレーダーに捕捉されませんし、レーダーの弱点の障害物も利用すれば逃げることは可能です。

そのためには低空飛行を行えばいいんですが、問題点があって、それは彼が試験に落ちて操縦訓練は受けていないのということで、飛行機をまともに飛ばせるとは思えません。

 

訓練中に脱走したという話もありますが、上の証言が正しいと考えるのなら操縦士になるための試験に落ちたのにどうして操縦士の訓練を受けれているのか?と根本的な原因が解決できません。

 

 

菅野行男と機体はどこに消えたのか?

ではこのLM-1と自衛隊員菅野行男はどこに消えていったのか?

一説には南に向かって飛んでいったといわれています。

地図で見ると以下のように飛んでいったのでは?と思われています。

自衛隊機乗り逃げ事件

 

 

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自衛隊機乗り逃げ事件の犯人の逃亡先:北朝鮮説

自衛隊機乗り逃げ事件の犯人の逃亡先は北朝鮮?

以前から言われている説の1つ。

3等陸曹がスーツを着た謎の男たちと話しているのと、1人では不可能に近い環境、操作訓練は受けていないのに民家に突っ込むことなく消息不明になったという点、当時は北朝鮮の工作員も多く日本に入り込んでいたこと。

こういったことを全て踏まえた上で、彼が北朝鮮の工作員、もしくはその関係者であると疑われた。

もし、機体に利用されている技術などを北朝鮮が欲しがったのならば機体の残骸が見つからなかったのも説明は一応は付きます。

ですが、日本海側から逃げたとするならレーダーに捕捉されてしまいますし、太平洋側に逃げたと考えるのが妥当でしょう。

 

 

自衛隊機乗り逃げ事件の犯人の逃亡先:奇跡的な太平洋の海の底

 

この説は全てが偶然の産物

飛行機のパイロットになるための試験に落ちたことを気にしており、飛行機を運転したいとお酒を飲んだことで気が動転。

警備も甘いというタイミングに運よく飛行機を飛ばすことが出来、レーダーなどの探知機にも偶々引っかからないような高度で飛べる技術を持っていた。

そしてお酒が入っている状態で、運よく民家には突っ込まずに太平洋の海の中に着水し、そのままパイロットと沈んでいった。

 

 

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終わりに

 

自衛隊機乗り逃げ事件は本当に謎の事件で、40年目になって関係者が「彼はパイロットになれなかった衝動で行った」と証言していたのを知ってもう一度調べてみましたが、1人では行えない点を除けば辻妻が合う事件ではあります。

結局のところ、事件の真の解決自体はまだ不明の点が多いのですが、今現在の所は上2つの説が高いでしょう。

 

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